1ツイートで炎上・解雇に…ネットリンチを楽しむ“善良でヒマな皆さん”(女子SPA!)

出典元:(女子SPA!)

3年ほど前。筆者が女子SPA!で椎名林檎の「NIPPON」という曲について記事を書いたところ、これがいわゆる“炎上”をしてしまったのです。

 ご存知ない方のために説明すると、“あんな上滑りしたまがいものの言葉で『ニッポン万歳!』だの『死がどうした』だのと歌われて一体何が嬉しいのか。あれではかえって日本国と日本国民に対する侮辱ではないのか”という内容に、けっこうな数の人が怒ってしまったのです。

 もっとも、氣志團の「日本人」のように、あえて陳腐な語句をちりばめることで日本会議的な人たちを揶揄していたのだとしたら、これはもう林檎さんがお見事なのですが、実際のところどうだったんでしょうね?

◆炎上で人生をダメにされた人たち

 それはともかく、筆者は小物中の小物なのでボヤ程度で済んだわけですが、それでもいざ当事者になってみると、その燃え移るスピードに驚きました。“左翼”だとか“在日”だとか“頭おかしい”といった励ましの数々。しかしそれらをひとつひとつ見ていくと、ある共通点に気付いたのです。

 それは、こうした攻撃が悪意ではなく、むしろ正義感によって支えられているのではないかということ。ほんのちょっとでも公序良俗を乱す不純物を見つけ出しては、そんなものは許せない、晒してやるといった具合で一斉にツイートし出す。

 特筆すべきところなど何もない筆者の貧相なプロフィールを検索しては、“こんなカスの言うことだからシカトしてよし”と溜飲を下げる。

 いずれにせよ、一般市民の良心や善意から、かつての公開羞恥刑のような出来事が復活している点で、ネットの炎上は薄気味悪いなと感じたのです。

 そんな現代に特有の現象を解き明かしたのが、『ルポ ネットリンチで人生を壊された人たち』(著:ジョン・ロンソン 訳:夏目大 光文社新書刊)という本。かつてはネットを利用して不正を告発できるようになった時代を歓迎していたと語る著者のロンソンですが、本書での取材を通じ、この新たな“鞭打ち”に危うさを覚え始めたのだといいます。

◆ツイッター実況で公開処刑された売れっ子作家

 そこで一夜にして名声を失った人気ノンフィクション作家の例を見てみましょう。

 ジョナ・レーラーはベストセラーとなった『イマジン:創造性のはたらき』の中で、ちょっとしたミスを犯してしまいます。ボブ・ディランの発言を自著にとって都合よく“捏造”して載せてしまったのです。

 それを目にしたのが、売れない物書きのマイケル・モイニハン。熱心なディランファンだった彼はレーラーの著書で引用された発言に疑問を抱き、雑誌で暴露記事を発表したのです。

 モイニハンの暴露記事が出たその日に、レーラーはニューヨーカー誌のスタッフライターを辞めざるを得なくなり、さらに出版社は『イマジン:創造性のはたらき』を全て回収、廃棄する決定を下した。モイニハンの執拗な追求が、レーラーを破滅へと追い込んだのです。

 しかし、本当の地獄はそこからでした。レーラーにある財団から講演のオファーがあり、そこで一連の騒動について釈明する機会がやってきたのです。ただし檀上にはスクリーンがあり、彼の発言に対してリアルタイムでツイッターの投稿が表示されるようにセッティングされていたのだそう。俗にいう、“実況”ですね。

 冒頭、ディランの発言を捏造したことを認め、さらに自身のブログ上で盗用を行っていたことも明かし悔い改めるレーラーの姿に、<おお、ジョナ・レーラーが自分の間違いを素直に認めているぞ。>(p.81)と納得するつぶやきが投稿されたまではよかった。

 ところが、謝罪を切り上げ、新たに取り組んでいるFBIの法医学研究所の話を始めると、ここから“ツイッター爆撃”による公衆の面前での辱めが始まったのです。

<許そうと思う気持ちはまるでないし、今後、もし著作が出ても読もうという気には一切なれない。>(p.85)

<ジョナ・レーラーの講演は、「馬鹿者の自己欺瞞を知る」とでもした方がいい。>(p.86)

 これらのツイートが、新たなスタートを切ろうと熱弁をふるうレーラーの背後でリアルタイムに表示されつづける。その光景を、<「大勢の人の言葉が剣となってレーラーを刺すのを私も見ていました」>(p.93)と振り返ったモイニハン。ジョナ・レーラーの心を折るには十分すぎるほどの出来事でした。

◆スマホで監視しあって、燃やす相手を探している

 では、レーラーの過ちを調べていたモイニハンはどんな気分だったのでしょう。

 最初は<森の中で獲物を追いかけているハンターのような気分>(p.41)だったと語り、それは「悪くない気分」だったと語っています。ディランのファンだった彼には、レーラーの不正確な記述が許せなかった。つまり、正義に燃えて動き出したのです。

 しかし、実際にレーラーの不正を告発するスクープ記事を執筆し、2200ドルほどのギャラを手にして残ったのは、自分のことを<捏造や盗用ばかりを専門に探している人間のように見ている>(p.92)世間の目だけだったといいます。そして、<「ふと気づくと、いつの間にか自分が熊手を持って集まった暴徒の先頭にいるんです」>(p.92)

 最初は善意で動き出したものの、知らないうちにいつしか自分が「暴徒」を率いる存在になってしまったと気付く。このメカニズムこそ、ロンソンが最も危ういと考えているところなのですね。

<ツイッター上での攻撃は、遠隔操作のドローンによる攻撃に似ているのでは、とも思う。攻撃されている側の状況を直接、目にすることがないために、自分がどれだけ残酷なことをしているか実感がないのである。>(p.102)

<ごく普通の人が戦場にいる兵士のようになっている。他人に何か落度を見つけると一斉に攻撃を加える兵士だ。そして、互いに対する敵意は最近になって急激に強まってきている。>(p.166)

 繰り返しになりますが、このほとんどが良心や正義感に端を発している点。そして一般市民同士が公権力という“暴力”の行使を経ずに、スマホ片手にお互いを監視し合う状況が出来上がっている。ここが実に恐ろしいのです。

◆1ツイートで解雇に…儲かったのはグーグルだけ

 それはネット検索を一手に引き受ける巨大企業にとっても同じこと。

 旅の道中で、<「アフリカに向かう。エイズにならないことを願う。冗談です。言ってみただけ。なるわけない。私、白人だから!」>(p.123)というツイートをしたために職を失ったジャスティン・サッコの例が象徴的です。

 サッコの軽口に憤った“善良な”市民が彼女の名前を検索し、乗っていた飛行機を特定し、ついにはケープタウン国際空港に降り立った彼女の写真を撮る。

 するとそこからさらに「ジャスティン・サッコ」の名前は全世界に知れ渡り、さらなる検索対象となる。すると「自閉症の子供とセックスする夢を見た」という不適切な過去のツイートが発掘され、また新たにその名を知る人々が生まれる――。

 事件が起きる2ヶ月前まではわずか60回ほどしか検索されていなかった「ジャスティン・サッコ」というワードが、それ以降では122万回も検索されたというのです。それによってグーグルは12万ドルほど稼いだ計算になるのだそう。高みの見物をしているだけで、おカネが流れ込んでくるわけです。

 その一方で、サッコへのリンチに加担した無数の市民には何のおこぼれもありません。それは著者の言葉を借りれば、<グーグルの無給インターンになったようなもの>(p.474)なのです。それなのに、なぜ何の得にもならないようなことに夢中になってしまうのでしょうか?

 その原因のひとつとして考えられるのが、“フィードバック・ループ”という現象。SNSのように自分と同じ考えの人たちばかりと付き合っていると、“自分は正しい”という根拠のない自信が、まるで共鳴が共鳴を呼ぶように強くなってしまうのだそう。

 こうしてツイッターやフェイスブックなどの不純物のない場でのやり取りばかりに慣れてしまうと、社会全体に同じような傾向が現れだす。

<だが今は、協調性があり、体制に順応する人にばかり居心地の良い、極端に保守的な世界ができつつあるように思う。「私は普通ですよ」「これが普通なんですよ」と皆が始終言っている。>(p.482)

◆「みんなが使うような言い回しを避けましょう」

 ホロコースト論で著名なイェール大学教授で歴史家のティモシー・スナイダーによる小さな本が、いまアメリカでベストセラーになっています。『ON TYRANNY TWENTY LESSONS FROM THE TWENTIETH CENTURY』(TIM DUGGAN BOOKS)には、ファシズムや共産主義の脅威から民主主義を守るための論点が20ほど示されています。

 その中で「Be kind to our language」(言葉を大切にしましょう)という指摘が印象に残りました。序論をご紹介しましょう。

<みんなが使うような言い回しを避けましょう。たとえみんな言いそうな内容しか伝えられないと思っても、あなた自身の語法を見つける努力をしましょう。そしてなるべくインターネットから離れましょう。本を読みましょう。>(p.59)

 と、こんな貴重なアドバイスを持ち出すまでもなく、炎上させる人たちはつくづくヒマでお人好しだなと思ってしまいます。一銭にもならない正義をエサに、すすんで搾取されているのですから。

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